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「武士の装い展」@丸亀市立博物館

#武士の装い展 @ #丸亀市立資料館 京極の家紋が眩しい 秀頼から京極に送られたにっかり青江さんも気になるところ pic.twitter.com/Zdys8PBbQm



posted at 09:07:56

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特別企画展「れきはく玉手箱」@兵庫県立歴史博物館

兵庫県立歴史博物館の特別企画展、いろいろなジャンルの資史料揃い踏み。個人的には酒井家の家族一覧が面白いです。


posted at 19:53:01


加古川に秀吉の手植えの松(伝)があったとは。今もあるのかな? #れきはく玉手箱 #兵庫県立歴史博物館 pic.twitter.com/xEoWDK2tSf



posted at 14:46:14


この忠次さんの子孫一覧が兵庫県立博物館で見られるよ!(宣伝


posted at 20:40:51


こんなに大河ドラマに酒井さんが出て入るのに、酒井さんツイートに誰も反応しないwさみしいww姫路まで見にきてwww


posted at 01:44:52


真田信吉室松仙院や京極高豊室松寿院も出てきます pic.twitter.com/NlEZfSLrPO



posted at 23:10:09

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知善院展@曳山博物館(→知善院、長浜豊国神社)

いかなきゃ。 茶々の京極高次宛書状は出ないのかな pic.twitter.com/MaWbI6nIn3



posted at 13:51:00


【曳山博物館知善院展①】 ◯知善院蔵豊臣秀頼書豊国大明神神号(慶長6年):↓の発願文に三河村新兵衛尉が寄進したとあり。他のものに比べて華奢な筆かなとも感じたけれど、ハネはしっかりピンと跳ねていた (解説は「ほうこくだいみょうじん」とルビが…)


posted at 13:19:30


【曳山博物館知善院展】 ◯知善院蔵観音堂発願文(元禄13年):町民が観音像・豊国大明神・東照大権現の名号を祀るため建立を計画との記載 知善院には秀吉の木造もあり


posted at 13:20:13


秀頼自筆神号の、神の字の横にくるくると謎の渦巻きを書いたのはなぜか…


posted at 13:21:02


【曳山博物館知善院展】 ◯柿経(こけらきょう)…清水谷知善院跡出土。法華経が記されている。元亀三年の墨書あり ◯硯、瀬戸美濃水注、銅壺、香炉、笹塔婆…清水谷知善院跡出土品、長浜市蔵


posted at 14:33:42


こんな感じ。近いので現地にもお参り。 pic.twitter.com/Q8FrPMDEsg



posted at 14:34:32


過去の図録に、長浜城歴史博物館蔵や長浜八幡宮蔵の秀頼自筆神号、竹生島の慶庵ゆかりの灯籠や観音様があったので入手。 先日読み直した福田先生がとりあげていた侍女こぼ書状に関する太田先生の記事を収録したみーなも入手。 たくさん買って下さるんですねえとボランティアさんに言われたわず(笑)


posted at 14:39:33


豊国神社なう


posted at 14:42:08


豊国神社の字は浅野長勲書 当然、浅野長政の子孫ですが、完子の子孫でもあり。 完子ー九条道房ー寵ー浅野綱長ー吉長ー宗恒ー重晟ー懋昭ー長勲 pic.twitter.com/Jv7HOna7db



posted at 15:21:53



そういえば、知善院展に京極高次宛の茶々姫書状(知善院蔵)が出るかなあと思って行ったけど、ありませんでした あまりでることもないから、残念


posted at 17:07:26


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企画展「近江の城を掘る」/講演会「京極氏の城『小谷城』」@安土城考古博物館


安土城考古博物館企画展「近江の城を掘る」。浅井氏が京極氏を推戴したことを重要視し、小谷城を京極氏の城として紹介。ほか、上平寺(刈安)城の絵図、長浜城、八幡山城、、大津城、永原御殿などを興味深く拝見。


posted at 15:25:38


小谷城図複製(原本彦根城博物館蔵)原本は彦根藩が所蔵していた絵図。廃城後の曲輪や地名なども記載。これは撮影禁止。残念。


posted at 15:31:46


京極氏を滅ぼす選択をせず、血縁に取り込むという手段をとったということは、京極家の権威もそれ相応の大きなものだったし、それとあえて決別しなかった浅井家はやはり面白いなあと。


posted at 15:36:26


龍や茶々を妻とした秀吉も、貴種好みなどと俗な視点ではなく、近江支配にやはり京極家、それに連なる浅井の権威を重んじたのでは?と学芸員の先生のお言葉。おもしろい。


posted at 15:38:14


同じ安土城考古博物館で聞いた金子先生の講演を思い出す講演でした。義昭ー信長と、京極ー浅井の関係。


posted at 15:40:40


龍が子どもがいなくとも、第3位の高い地位で妻として生涯重んじられたことを鑑みても、京極家の権威という側面も無視できないなと。


posted at 15:42:32


なんか撮影しててあまりゆっくり見れないなう。


posted at 15:46:44


これを踏まえて、忠高が生まれたときに、大蔵卿局が高次に怒った例の書状の件は、代々の京極家と浅井家の血縁をそれだけ重んじていたことを考えると、しっくりきますね。しかも、その仲裁を頼まれたのが、その血縁を背負っていた泉源寺殿(マリア)というさらなるしっくり感。 twitter.com/itoko_akaishi/…


posted at 18:54:11


北村圭弘先生、以前講演を聴講したことがあったはずと思ってブログを遡ったら、8年前で驚きました。 chachahimeblog.blog.fc2.com/blog-entry-796…


posted at 22:48:49


安土城考古博物館企画展「近江の城を掘る」① pic.twitter.com/wP2JgELnx8



posted at 22:53:11


安土城考古博物館企画展「近江の城を掘る」② pic.twitter.com/uISLDzwtfR



posted at 22:53:38


安土城考古博物館企画展「近江の城を掘る」③ pic.twitter.com/TgnDdM2ucG



posted at 22:54:06

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「大坂の陣と近江牢人」

@ 主に浅井一政自記や北川〜、長沢〜を元に、冬の陣開戦までの十日間をわかりやすくレポしていただきました。あと近江出身の大坂牢人のご紹介などです。


posted at 00:03:08


@ 個人的には且元の嫡子と秀頼の娘をめあわす話があった下りが面白かったです。 最近出た一政自記の論文に比べ、同じ史料を使っても、読む方が変わればこんなに印象が変わるのかと改めて驚きました。


posted at 00:05:59


@ それは本当にそう思いました。 秀頼も茶々も且元も首脳陣も、絶対的な力を持てなかったと太田先生が評価されて、わたしもそう思いましたが、その中でも且元の存在感は娘をやっても惜しくないほど豊臣家の中で大きく、欠くことができなかったのでしょうね。


posted at 00:17:34


@ あと茶々が一政たちに応対するとき、きちんと屏風越しに応対していた描写が、世に聞く話や印象とは大きく異なり、その辺りちゃんとしていたんだなあと驚きました。


posted at 00:21:04


浅井鶴千代ー海津局(夫は田屋政高)ー田屋式部(妻は三好氏)ー三好直政(妻は明石掃部の娘レジイナ)ー… かなあ


posted at 14:48:22

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