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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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メッセージ返信 ~小倉鍋・海津局・饗庭局について

 
サイトのほうでメッセージを頂いたのですが、返信先が分からなかったのでこちらでお返事させていただきます。
ご覧いただけることを願って。

>4/16 22:40「あ」様

①小倉鍋について

私も仰る通りに思います。
まだ記事作成・整理など出来ていないためにただ名前を並べているのが現状です。
マイペースにではありますが、充分な史料がまとまり次第、順次記事の作成、訂正などを行っていく予定ですので、気が長い話ですがお待ちいただけると幸いです。

②海津局の戒名について

『戦国大名閨閥辞典』を出典に、先ほどまで「光源院」という院号だけ掲載させていただいておりました。
御質問をきっかけにもう一度手元の資料を漁ってみたところ、『東浅井郡志』および『地方別日本の名族―八 近畿編』の浅井家系図にて海津局の戒名が見つかりましたので、サイトのほうでも訂正させていただきました。
ありがとうございます。
(出典はおそらく三好家の菩提寺医光寺の過去帳などではないでしょうか。未確認ですが…)

饗庭局については、現在私が所持している史料・資料の範囲では戒名などが見つかりませんでした。
こちらは、姉海津局と混同されてしまっているというのも史料が少ない大きな原因の一つだと考えます。
ひょっとすると『江州浅井家霊簿』や『諸寺過去帳』、もしくは未発見の過去帳などに残されている可能性は高いと思います。
また、海津局には妹にあたる方ですので、三好家の過去帳などに並んでいるもしくはひっそりと追善供養されている可能性があります。
饗庭局については、湖西の海津にある宗正寺に供養塔があるということですので、ひょっとしたらそちらに何か残っているかもしれません。
また発見できましたらこちらで一番にお知らせできるかと思いますが、現在のところ可能性を並べるばかりで、明確なお答えをできません。

申し訳ありませんがご了承頂けますと幸いです。

(誤字訂正しました)
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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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