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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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清涼寺過去帳

 
別件で『東浅井郡誌』を見ていたところ、「清涼寺過去帳」に茶々姫の名前があるということでチェックしたところ、茶々姫以外にも様々な人の名前が並んでいたので、メモついでにまとめてみました。

データベースにある画像の文字がだいぶつぶれていたので、判読しにくい文字がかなりありました。誤字もあるかと思います。申し訳ないです。


二日
総見院贈大相国一品泰巌大居士 天正十壬午年六月/織田信長公
大雲院三品羽林仙巌大居士 織田信忠公
正翁宗誉 信長忠臣
晴月宗心 同上
一渓宗栄 同上

三日
中和門院 釈尊戸帳金灯篭御寄附

六日
高台寺殿従一位湖月心公大姉 寛永元年九月/太閤秀吉公政所  …寧

七日
往相院西誉正栄大姉 慶長廿年五月七日大阪討死/渡辺内蔵助母宮内妻 祠堂有之  …正栄尼
源大静閑信士 渡辺内蔵助  …渡辺糺
量寿栄薫信尼 内蔵助女  …渡辺糺女
雲龍童子 同上息  …渡辺糺息
智勝院桂宗春大禅定尼 大野大蔵卿/以上討死年月同上  …大蔵卿局

八日
華渓芳春禅定尼 慶長二十年五月/秀頼御局  …右京大夫局?
嵩陽寺殿禅右大臣泰巌  …秀頼
大虞院殿春巌大姉  …茶々姫
漏世院雲山智清大童子国松君

十二日
永誉寿慶大姉 慶長十六年六月/渡辺正栄並永原福左門女西暢真光妻?  …正栄尼娘?

十三日
祥雲院殿隆室盛大禅定尼 慶長十巳年十月/万理小路入道殿室加賀太守女  …前田摩阿

十五日
崇源院殿和興昌誉大禅定尼 寛永三年九月/秀忠公御台所  …江
東福門院 延宝六午年六月/台徳院姫君  …和子

十七日
正徳院殿慎室宗戒大姉 貞享二乙丑年七月/道三玄朔息女

十八日
国泰寺太閤秀吉公 慶長三年八月

十九日
後水尾院円成法皇 延宝八年八月
麗貞院殿従三位機爽俊公大姉 寛文十一年九月/九条道房公御室越前宰相一伯息女御キフ施主千日念仏○行  松平鶴(長子)

二十日
源誉道把居士 渡辺宮内正栄夫  …正栄尼夫

二十一日
正心院殿宝樹水庵大姉 万治四年二月/往相院女道三玄鑑室 …正栄尼娘?

二十三日
樹正院殿明室寿光大姉 寛永十一年五月小町中納言年常姉備前中納言浮田秀家室加賀大納言利家女諱於い決楼門並方丈建立ノ主人  …前田豪


みないろいろと注釈があるのに、秀頼と茶々姫には俗名など注釈がなかったのが印象的でした。
やはりこっそりと供養が続けられていたのでしょうか。
(その割には右京大夫局らしき人物には「秀頼御局」という注釈があるのですが…)

まとめには加えませんでしたが家茂までの徳川歴代将軍、英勝院、阿茶局、阿茶局母、家康娘松、綱吉女鶴、吉宗生母、前田利常などもありました。その他頻出した一族は、皇室、渡辺、池尻、蒲生、土方あたりでしょうか。
とにかく文字がつぶれて良くわからないところが多かったので、またリベンジします。
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Comment

1. 松平一伯

紀伊様
「十九日」にある、松平忠直と勝姫の女・鶴姫の正しい戒名は『廉貞院殿機爽(譜略に「機央」)俊功大禅定尼』のようです。確かにデータベースの明治写しは、麗貞院になっていますね。
それから、忠直卿が豊後府内に配流途中、敦賀で入道し名乗ったのが『一伯』の号です。「越前宰相」の後は、「一伯息女」です。この条の最後は、「挑灯」のようにも見えますが、これは保留です。
九条道房は、江の嫁ぎ先に、混入している例がよく指摘されます。けれど御覧の通り実際に嫁いだのは、江の孫鶴姫です。道房自身も、江の孫であり、祖父こそ違え、江を祖母とする者同士の婚姻です。譜略でも、江の嫁ぎ先、鶴姫の嫁ぎ先、両方に九条道房が記されていて、なぜ気付かなかったの?と言いたくなりますが、家譜の編纂では、意図せずとも、それ位の誤りが生じてしまう、と認識しておく必要がありそうです。
ところで、先日の大河に初登場の、忠直卿の父結城秀康(於義丸)、数え十歳ですか・・・・・是非に及ばずです(苦笑)。

2011.04.07 | 武江[URL] | Edit

2. 松姫と市姫

紀伊様
茶々様と関係の無い話ばかりで、申し訳ありません。
京の嵯峨清涼寺は、譜略に「慶長三年戊戌正月廿九日」逝去とある松姫の葬地とされていますので、史料編纂所の過去帳以外の関連データベースも調べてみた処、共に英勝院の女とされる、家康四女松姫と五女市姫の間に、様々な混同があり、福田先生の新著『徳川秀忠』の中でも、その混同に引っ張られたと思われる、矛盾した記述があることに気付きました。
『清涼寺過去帳』「十二日」の最初にある戒名「一照院殿円芳(方)功心大童女」は、譜略では、慶長十五年庚戌閏二月十二日逝去、御年四、御葬地不詳の五女市姫のものとされています。データベースには、清涼寺蔵、松姫肖像(模写)もありビックリしましたが、賛を見ると、譜略の市姫の没年月日と院殿名無しの戒名があります。市姫が家康の末娘であり、慶長十五年卒去は、間違い無いはずですので、この肖像は市姫のものであるか、後年賛を付け足すに当たり、松姫像に市姫の来歴を混入してしまったか、のどちらかでしょう。
福田先生も、『徳川秀忠』P144で、二人の卒去年月日は、譜略と同じ(ただし市姫は閏無しの二月)、松姫の母は、英勝院では無く「間宮氏」とし、戒名には触れず、市姫の戒名は「一照院殿」では無く「清雲院殿円芳功心大童女」、駿河華陽院に葬らる、としています。その一方で、P146では、英勝院に関し「四女松・五女市の母とされたが、いずれの娘も早世したので、云々」と、こちらでは、二人とも英勝院の女としており、恐らく扱った史料の違いで、混乱してしまっているようです。
大神君の実の娘達でさえ、これだけ情報が混乱している、と云うのが、戦国末から江戸初期にかけての実情です。

2011.04.09 | 武江[URL] | Edit

3. Re:松平一伯

>武江さん

コメントありがとうございます。
「廉貞院」については、仰るとおりですね。ただ、今回はデータベースそのままで写しましたのでこちらはご了承ください。
その他の判読間違いの訂正について、大変助かります。ありがとうございます。
他の系図関係でもそうですが、結構矛盾だらけなことがよくあるので、扱いが難しいです。江ほど分かりやすい間違いであればよいのですが、そうでないものも多いので…

大河ドラマのほう、秀康さん登場しましたか。
私はまだそこまで見ることができておりませんが、心して見ようと思います(苦笑)

2011.04.09 | 紀伊@赤石いとこ[URL] | Edit

4. Re:松姫と市姫

>武江さん

家康の娘たちについては全く知識がないので大変勉強になります。ありがとうございます。
やはり火事などで史料が焼失・紛失していることが関係しているのでしょうか。

2011.04.09 | 紀伊@赤石いとこ[URL] | Edit

5. 続・松姫と市姫

紀伊様
講演をなさっているとの由、先ずはお疲れ様です。
さて、先日のコメント該当部分の、他史料の記述を見てみました。
『徳川秀忠』P144では、市姫母について「遠山氏」とされています。これについては、英勝院の出自に、太田氏の他に遠山氏説も有る事から、英勝院を指しているものと思っていましたが、どうも違うようです。
福田先生は、このページの記述に関し、幕末編纂の『徳川幕府家譜』を参照したものと思われます。同書では、英勝院(太田康資女と明記)の女とされるのは一人で、しかも「其侭御早世」とあり、間宮豊前守康俊ノ女が松姫の母、英勝院とは別人の遠山丹波守直景ノ女が市姫(清雲院殿、閏月では無い二月十二日卒去、葬地駿州華陽院)の母とされています。
これらについて、『徳川実紀』の市姫没年月日(松姫に関する記載無し)を見ると、次の通りです。
『台徳院殿御實紀』慶長十五年“閏”二月十三日(“一説”十二日)の条
「大御所第五の御女市姫君は。~(中略)~。けふにはか〔俄か〕なる事にてうせ給ふ。わずかに三歳〔?〕。“御生母おかち(於梶、於勝・英勝院)の局”悲歎はさる事にて。~(中略)~。やがて“駿府城下の華陽院”にをくり參らせ。“一照院”と追諡す。」
…正栄尼と違い、こちらはもう大混乱です。
実は『徳川秀忠』では、別の人物に関しても、同じような矛盾した記述があったりするのですが、今回はこの辺で。

2011.04.13 | 武江[URL] | Edit

6. Re:続・松姫と市姫

>武江さん

コメントありがとうございます。

私も読んで大混乱がうつってしまいました(苦笑)

東照大権現と250年以上崇拝されていた方の娘でさえそういった感じなのですね。
記録が残っていたら残っていたで、別の大変さがありますね…

2011.04.14 | 紀伊@赤石いとこ[URL] | Edit

7. 阿茶局母について

連続投稿で申し訳ございません。
清涼寺過去帳ページに阿茶局母というものがあったので興味を持ってしまいました。

省略すると書いてあるので詳しく書いて頂けないでしょうか?

皆様ご意見などをお書きになっておりお恥ずかしいのですが、今後も質問をさせて頂きます。よろしくお願いいたします。

2011.04.26 | あ[URL] | Edit

8. Re:阿茶局母について

>あさん

コメントありがとうございます。

「行誉清心大姉 雲光院殿母 慶長十七年二月(数文字判読不能)/四月二日マデ四十八夜別待有之」

…こんな感じだと思われますが、読めていない部分を含め、データベースの画像解像度などの関係上、判読が難しいです。

清涼寺過去帳については、東京大学史料編纂所のデータベースで確認することができますので、ご自身でお確かめになることをお勧めいたします。

私もデータベース上での確認にとどまっておりますので、これ以上のことは申し上げられません。
お役に立てなくて申し訳ないです。

2011.04.26 | 紀伊@赤石いとこ[URL] | Edit

9. Re:民部卿局について

>あさん

レスで失礼いたします。
同じハンドルネームでしたので、同じ「あ」さんの投稿であると判断し、こちらで返信させていただきます。
次回から返信先を記入していただけると助かります。

「民部卿局について、wikiに書いてあること以外で」とのご注文ですが、仰るとおり茶々姫の侍女ではありませんので、ご期待に沿えるお答えはいたしかねます。

ただ、wikiで雁金屋出身としているのには私は懐疑的です。
確かに、江の雁金屋に対する注文は民部卿局を通して行われていますが、それが民部卿局自身を雁金屋と結びつけることにはなりません。
あくまで民部卿局は江の侍女として取り次いでいるに過ぎない可能性のほうが大きいからです。

民部卿局が江の乳母であるかどうかも、はっきりしません。かなり近しい侍女であることは間違いないのですが…
大河ドラマのように、生またときから仕えていた侍女であると断じることは難しいです。
大蔵卿局の場合、義演という人が注釈で大蔵卿局が茶々姫の乳母であるとはっきり明記しています。民部卿局はこれがありません。
(『江の生涯』でも、「嫡女には女中を十分に整えるが、次女以下はひとまとめにして女中をつけることも多い」という指摘があります。)

生まれながらに乳母がついていない場合、輿入れに際して改めて乳母役を改めてつけることもあり、江の乳母役についてはこれにあたるのではないかと考えております。

福田千鶴先生の『江の生涯』に江の侍女についてまとめられている箇所があります。民部卿局については、「京殿」といった侍女と同人で、浅井家ゆかりの女性ではないかと推測されている部分もあります。ぜひご一読をお勧めいたします。

私が存じ上げていることはほんの断片的なことばかりですが、きちんと「京殿」と「民部卿局」の事跡を辿ると何かわかるかもしれません。
現在のところ、私にはそれについて検討する予定はございませんので、ここで筆を止めさせていただきます。

2011.04.26 | 紀伊@赤石いとこ[URL] | Edit

10. 質問攻め

質問だけの投稿ってのも、なんだか失礼な感じを受けてしまうのですが。
質問者の担任でもゼミの先生でもない方に、突然の質問ってのも、どうかなと。
とても丁寧な回答をされるからと、何度もそれが続いているのを見ると、少しばかりその優しさと真面目さが、なんだか安っぽく扱われてしまっているように感じられてなりません。
文章、しかも史・資料の確認作業をさせるような質問ってのは、もう少し控えた方が良いかと思います。
質問される方がそれぞれどんなお立場か知りませんが、もう少し、自身でお調べになる努力と、資料を集めたり探す努力をかべきかなと。
せめて、そこそこに交流をもって、関係性を築いた上でなければ、手間のかかる調べごとのような質問はできないと私は思うのですが。

と、思ったことを書いてしまいました。

まあ、『あ』さんに言ってみたんですが、ブログでもやっているのであれば、メッセージで意見するところでしたが、こちらでのメッセージがわりとさせていただきました。
場が荒れる感じの意見ですので、後日、消していただいてもかまいません。

お騒がせいたしました。

2011.04.27 | こんすこん[URL] | Edit

11. Re:阿茶局母について

ありがとうございました。

たぶん没日は慶長十七年二月十四日だと思います。

ご迷惑おかけしました。

2011.05.03 | あ[URL] | Edit

12. Re:Re:阿茶局母について

>あさん

没日の解読ありがとうございました。

データベースをうまく使いこなしていなくてお恥ずかしい限りです。

あそこはうまく使いこなすといろいろ便利なので、ぜひいろいろと検索されてみることをお勧めします。

2011.05.06 | 紀伊@赤石いとこ[URL] | Edit

    
プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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