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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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茶々姫の寺社修築事業

 

茶々姫をたどる汐路にて

(北野天満宮/茶々姫が秀頼の名前で修築した代表的な寺社の一つ)


(2010/12/12)

茶々姫・秀頼の名前で修築した寺社をまとめています。膨大な数だ…。中には秀吉の遺命で、というものもあり、面白いです。しかし、これだけ神仏に貢献しているのに残されている評判が芳しくないのは…なんだか、虚しさを禁じ得ません。

posted at 02:44:59

豊臣家の金銭について。慶長末期になって前田利常に借財を頼む書状をもって寺社造営で豊臣家の蔵が底を尽きた説、落城後も相当のお金が残っていて東福門院の入内や宮中での支度金などなったという説、さてどちらか…

posted at 05:45:24

個人的に、借財を頼んだ書状っていうのは利常(利光)の豊臣家に対する態度を試していたようにも思う…。お金がないからではなく、相手の忠誠を試している天下普請のように。

posted at 05:48:55

@ そうなんですよねえ。秀吉が貯め込んだ金銭を文化の保存に運用したと思えば、業績の一つとして語られてもいいはずなんですが…。とかく茶々姫関係の業績には偏ったフィルターが掛けられやすいように思います。

posted at 05:51:01

アドバイスをいただいて木村展子氏の論文を読み返していると、寺社造営の件で先日つぶやいたのと同じような見解(秀吉の遺命など)を発見。やはりそうか…

posted at 22:45:12

「従来は徳川氏による政略とみなされてきたが、それだけではなく、秀吉の遺業の継承、淀殿の敬神崇仏、豊臣氏の領国経営の一環「という側面が強いと考えられる。」(木村展子氏)

posted at 22:46:59

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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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