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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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「和歌色紙伝淀殿筆」(竹生島宝厳寺蔵)

 

というわけで、滑り込みで行って参りました、


江~浅井三姉妹プレ企画~その②

「浅井三代と小谷城」(@長浜城歴史博物館)


まずは、竹生島宝厳寺二伝わる茶々姫の和歌色紙を。


(表紙)

「さくらちる 淀殿筆」


(本文)

   さくらちる

   この下

   かけは

   さむからす


   そらに

   しられぬ

   ゆきそ

   ふりける


(桜散る この下崖は 寒からず

   空に知られぬ 雪ぞ降りける)


(展示解説より)

「表面は縁に金銀箔を散らした紙に、和歌と動物絵を描いた色紙を貼り付ける。

色紙の絵画表現などから見て淀殿筆とは言い難いが、竹生島と淀殿の深い繋がりが背景にあって制作されたものだろう。」


茶々姫「直筆」というのはどうやら事実ではないようですが、

ひょっとすると茶々姫の和歌が伝来したのは本当だったりするかも…


竹生島では慶長7年から秀頼の名前で宝厳寺唐門・観音堂が、また都久夫須麻神社本殿が寄進されています。


→宝厳寺唐門・観音堂
茶々姫をたどる汐路にて

→都久夫須麻神社本殿
茶々姫をたどる汐路にて

慶長7年といえば、まだ秀頼は幼いですので、この寄進に茶々姫の意向が強く働いているであろうことは想像に難くありません。

宝厳寺は、実家浅井家とも深いかかわりのある寺社ですのでなおさらです。


茶々姫の和歌や縁の品が残っていても少しも不思議ではありませんね。

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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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