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2010/07/18 日本の近世・近代を支えた女性たち

twitterで予告してから1ヶ月以上経過してしまいました。

ご無沙汰しております。


7/18の講演会は、長浜城歴史博物館友の会主催の企画、「北近江歴史大学」の第2回にあたる講演でした。

講師は徳川宗家18代目のご当主でいらっしゃる德川恆孝(とくがわ つねなり)氏。


当然来年の大河ドラマを見据えた企画ですので、お江の嫁ぎ先である徳川家からのお話もうかがえるという訳ですね。

こういう機会でもなければお目にかかることもないお方です。

とても穏やかな印象の方で、お話もユーモアを織り交ぜた楽しいひと時でした。


講演会の内容は、ご自身が実はお江の生きたあたりの時代が得意ではないということで、幕末あたりを題材として女性と乱世の関係についてが主なお話でした。


とかく戦に立つ男性が注目されがちな乱世だけれど、実は女性の活躍が目立つようになるのが乱世である、と。

家の危機という事態が起こった時にこそ女性の力が発揮され、男性も顔負けの活躍をみせるということです。


その例としておととしの大河ドラマの主人公、天璋院がまさにそのような時代背景に活躍した女性として紹介されました。


島津分家に生まれ、本家の娘として徳川家に嫁いだ天璋院。

やがて島津家と徳川家が敵対する場面となった際、幕閣の誰よりも島津家との徹底抗戦を唱えたのは天璋院でした。

また、和宮。

彼女も天皇家に生まれ、婚約者のいる身であるながら本人の意思とは関係なく徳川家に嫁いだ女性です。

しかし、彼女もまた天璋院ともども徳川家存亡の危機に立ち向かいました。


徳川氏はこの二人を、浅井の家に生まれながら、最後は浅井を滅ぼした側であった豊臣家のために生きて散った茶々姫と並べてお話されたのですが、それがとても印象的でした。


激動の時代に独自のネットワークを構築して家を守り伝えるのは女性の力が大きい…確かにそうかもしれません。

それは決して女性は家を守ることが本分であるというのではなく、ここ一番の時に強いのがやはり女性であるというふうに私は解釈しました。




余談になりますが、徳川家と浅井との関係として挙げられていたものの一つに、小谷城跡の石碑があります。

茶々姫をたどる汐路にて


見にくい写真しかなくて申し訳ありません。


この石碑の「小谷城跡」という文字は、天璋院が守り育てた徳川家16代当主家達さんの字なんだそうです。

これはやはりここが天璋院と同じく徳川の御台所であったお江の生地であるから。


徳川を守った天璋院のおかげで、明治の昔から小谷城跡が残ったと思うと、茶々姫や浅井家ファンの私としても大変感慨深いものがあります。

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| ∟講演会/展覧会 | 16:51 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

1. いいないいな~

私も行きたかったです。
いかんせん、貧乏のため、なかなか小谷に行く事が出来ません(´Д`)
でも、いつか必ず……。
幕末と戦国時代を結び付けるのは面白いですね。
武家の時代の女性達は、いつも対立に巻き込まれる…でも姫達が強かったという事を、世の中に広めて行きたいですね!
今日はこれから徳川の地・静岡に仕事で行って来ます。
家達さんが寄進した徳川家の宝物館が、久能山東照宮にあります(^・^)

| しなちくにゃんこ | 2010/09/05 06:22 | URI | ≫ EDIT

2. Re:いいないいな~

>しなちくにゃんこさん

こんにちは^^いつもコメントありがとうございます。

私も根がインドアなので、土地勘のあるところ以外はとてもじゃないですがなかなか行けません(汗
本当はもっとアクティブに情報収集に回らねばいけない所なんですが…。

東照宮か~ひょっとしたら縁がないところかもしれないので、しなちくにゃんこさんのレポを楽しみにしていますね♪

| 紀伊@赤石いとこ | 2010/09/07 18:25 | URI | ≫ EDIT















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