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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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「浅井物語」

 

…が、面白いです。
後世に書かれた軍記物語ですから、歴史学における信憑性はほぼ無いに等しいと言わざるを得ないのですが。

たまたま手に入れる機会があったので、よく考えると今更ではありますがざっと一読してみました。
内容は、「江源武鑑」を史料の一つとして書いたのかしら?という感じです。

久政さんについて、「浅井物語」では、亮政のお姉さま(「姊」)が六角氏綱の妾となり産んだ子どもということになっていました。
六角氏の系図(「六角佐々木氏系図略」)では、久政さんの父は六角宗能(親泰、義久)になっており、氏綱さんの息子さんがお父さん、ということになっているみたいです。


一方、浅井側に残るヒントといえば、「浅井過去帳」に久政さんの生母として「浅井千代鶴」という名前が残っていることです。
ここから私は個人的に、久政は亮政の妻蔵屋夫人(先代直政の嫡女)の姉妹千代鶴さんが六角宗能(親泰)の妾となって産んだ子だったということもありえるのかな?なんていう予想を立てたわけです。

さて、「浅井物語」では六角氏(氏綱)の妾だったという久政さんの生母は、亮政さんのお姉さんで、「北向殿」と号されたとあります。
外戚の腹によるために亮政が養子として跡を継がせたということです。
このお姉さんは実のお姉さんだったのかもしれませんし、やはり蔵屋さんのお姉さんだったのかもしれません。
後に明政さんとの家督問題を考えると、やはり後者なのかなあ…というのが私の思うところです。

ともかく、信憑性の乏しい「浅井物語」だけど、「北向殿」は千代鶴さんの号だった…というのは信じたいと思った五月雨の日でした。

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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
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…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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