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豊臣秀次の男児

文禄二年四月一日
辰刻若公誕生、「御妾之腹也云々」〔言経〕

四月七日
「若公去朔日ニ誕生也御礼金剣一振進献上、益庵・駒居取次候」〔時慶〕

五月九日
「今宮祭礼結構ノ由聞ユ、若公御誕生ノ故、旅所以下初而被立候、御幸道等改ト云々」〔時慶〕

五月二十九日
「飛鳥井鞠会ハ延引ト也、殿下ノ若公御不例ノ由也」〔時慶〕

六月一日
「殿下今日御参 内御延引也、若公昨日ヨリ驚風御所労也、神社并仏寺等へ御立願並御代官参済々之儀也、医療并祈療・針治療無申計了、午刻ヨリ少験気云々、殿下各へ御対顔無之、但夕食有之」〔言経〕

六月二日
「若公御煩少験気也云々」〔言経〕

六月六日
「亥刻、若公夭折」〔言経〕

六月七日
「殿下之若公被薨候、則嵯峨二尊院へ送申由也」〔時慶〕

六月某日
益庵宗甫・駒井重勝、松尾大社に本復祈願を依頼する〔駒井〕
「若君様御不例」
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| ∟史料関係 | 15:46 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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