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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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真田丸 第42回「味方」

 

真田丸で千の出番はここからだから仕方ないけど、実際は七歳から十二年を大坂城で過ごし成長してきたわけです。大坂城で伯母茶々の世話で将来の「関白」秀頼の妻に相応しくなるべく薫陶を受け、成人し、秀頼の妻として諸大名や公家衆とも交際もしていました。 #真田丸


posted at 21:27:56


茶々は千の成人後少しずつ豊臣家の女主人としての役割を千に任せていこうとした様子があり、贈答の順番も秀頼・茶々・千から秀頼・千・茶々となった例が見えます。 #真田丸


posted at 21:31:24


大坂落城の際には秀頼から「南無阿弥陀仏」の神号と陣羽織を賜り、後年その神号をご神体に、陣羽織を袈裟にするなど、大切に扱っていました。千が成人する前生まれた秀頼の娘(天秀尼)は養女として実の娘同然に扱い、生前も死後も親身に世話をし続けました。 #真田丸


posted at 21:40:10


次回の茶々の願い、「花のやうなる秀頼さま」関連だったりして。 #真田丸


posted at 21:55:05


竹内茶々さまおきれいですね。ちなみに次回の時点で数え46歳、満44、5歳です。 #真田丸


posted at 21:56:35


次回の且元…どうなるんだろうか。今回あくまで秀頼の命を助けようとしている家康と話しているから、秀頼の命を助ける話をしているのだろうか。 #真田丸


posted at 21:57:43


〔後藤味噌〕真田信繁は秀頼に厚遇されすぎて困惑している書状がありますが、#真田丸 でライバルとして描かれている後藤又兵衛も茶々や千に超歓待された話が…。そのお返しに又兵衛手作り味噌をもらったというのがすごい印象に残る。 chachahimeblog.blog.fc2.com/blog-entry-107…


posted at 22:02:18


私の中で「ハムの人」なみに「味噌の人」な又兵衛


posted at 22:32:51

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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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