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1613/慶長十八年

慶長十八(1613)年
※ []内は茶々姫の居場所

一月

[大坂城本丸奥御殿]
一日(天晴)
寧(「政所様」)、豊国社へ参詣し、銀子五枚・散銭九貫文などを奉納する。神官らにも進物あり。〔舜旧記〕

四日(雪降)
秀頼(「大坂」)の名代として片桐且元(「片桐市正殿」)が豊国社へ参詣し、銀子一枚・百貫文を奉納する。 続いて萩原兼従(「萩原」)・吉田兼治(「左兵衛佐」)へ小袖二ツ、梵舜(「神宮司」)へもまた小袖二つ(柿色綾一・白絹一ツ)を贈る。 またすべての神官へ百貫、巫女八人に杉原十帖・銀子一枚ずつを贈る。〔舜旧記〕

八日(陰)
梵舜、寧(「政所様」)へ新年の挨拶に訪れ、女房古茶局(「御古茶女房衆」)・梅久局(「梅久」)へ進物する。〔舜旧記〕

十日(曇)
梵舜、萩原兼従(「萩原」)と共に新年慶賀のために大坂城を訪問する。
登城に先立ち、片桐貞隆(「片桐主膳正」)・且元(「片桐市正」)を訪問し進物を交わす。
その後片桐兄弟の案内で登城し、秀頼(「秀頼様」)に礼参する。
進物として、萩原兼従は秀頼へ太刀折紙・段子二段・杉原十帖、茶々姫(「御袋様」)へ杉原三束・紅梅面裏ネリ、千(「御姫君様」)へ杉原十帖・紅梅面一ツ、大蔵卿局(「大蔵卿」)へ綾面一・杉原二束、二位局(「二位殿」)へ帯一筋・杉原二束、「姫君局」(刑部卿局?)へ帯一筋を贈る。
また梵舜は、秀頼へ杉原十帖・扇子一本、茶々姫(「御袋様」)へ引合十帖・水引五十把、大蔵卿局(「大蔵卿」)へ引合十帖・水引五十把を贈る。
秀頼は萩原兼従・梵舜へそれぞれ小袖二ツずつを贈る(「仕合無是非次第忝義也」のコメントあり)。〔舜旧記〕

十二日
鹿苑院の有節瑞保、織田有楽斎(「有楽老」)宅を訪問、そののち片桐且元(「片市殿」)秀頼(「秀頼公」)と対面し、盃を頂く。御服一重を拝領する。〔鹿苑日録〕

二月

[大坂城本丸奥御殿]
九日
駿府へ下向していた有節瑞保、才首座を孝蔵主に遣わし、綾一端を土産として持たせる。〔鹿苑日録〕

十日
大坂城内豊国社遷宮のために大坂に滞在していた梵舜がこの日京都へ戻る。〔舜旧記〕

二十七日(天晴)
この日、大坂城内の豊国社が遷宮する。秀頼(「秀頼〔様脱ヵ〕」)が参詣する。
山里曲輪(「山里之御座敷」)にて秀頼への礼参あり。
秀頼への進物として吉田兼治(「左兵衛佐」)・萩原兼従(「萩原」)は太刀折紙、梵舜は杉原三束を贈る。次に奏者を務める片桐且元が秀頼へ御礼を申入れる。
その後、今出川経季(「菊亭殿」)・織田長益(「有楽」)を加え秀頼とともに飲食あり。
返礼として秀頼より、兼治・兼従へそれぞれ銀子二十枚・小袖二ツ、梵舜へ銀子十枚・小袖二ツ、祝三人(「権副・宮内少輔・中務大輔」)へそれぞれ銀三枚、弥宜・神人へ鳥目三十貫、
また茶々姫(「御袋様」)より兼治・兼従へ銀子十枚・絹十疋、千(「姫様」)より兼治・兼従へ小袖二ツが贈られる。〔舜旧記〕

三月

[大坂城本丸奥御殿]
一日(天晴)
吉田兼治(「左兵衛佐」)・萩原兼従(「萩原」)・梵舜、寧(「政所様」)を訪問し無事大坂豊国社の遷宮がかなったことを報告する。 これを喜んだ寧(「光〔高〕台院様」)が三人に対面し、食事をふるまう。〔舜旧記〕

三十日
有節瑞保、寧(「高台院」)に才首座を遣わし、一折を献ずる。〔鹿苑日録〕

四月

[大坂城本丸奥御殿]
十七日
梵舜、今月の神事に寧(「政所様」)が参詣する由を承る。〔舜旧記〕

十八日(天晴)
豊国社祭礼。
秀頼(「大坂」)の名代として片桐且元(「片桐市正殿」)が参詣し例年通り金子一枚万疋を奉納する。
また萩原兼従(「萩原」)・吉田兼治(「左兵衛佐」)梵舜(「神宮寺」)へ銀五枚を贈る。
続いて勅使参向として飛鳥井雅庸(「飛鳥井宰相〔権中納言〕」)が奉幣する。
梵舜は先月より駿府に下っているため不参加。〔舜旧記〕

六月

[大坂城本丸奥御殿]
二十二日
浅野幸長(「紀伊守殿」)、太田右京(「太田右京殿」)を遣わし、寧(「高台院」)に進物する。返礼あり。〔鹿苑日録〕

二十九日(天晴)
梵舜、駿府よりの帰路に大坂を訪れる。〔舜旧記〕

七月

[大坂城本丸奥御殿]
一日(天晴)
梵舜、片桐且元(「片桐市正殿」)へ駿府土産(「宮花〔ミヤゲ〕」)として単物一ツ・帷一ツを贈る。
また秀頼(「秀頼様」)へも糒二十袋を進上する。〔舜旧記〕

八月

[大坂城本丸奥御殿]
十三日(雨降)
豊国社護摩所竣工清祓が行われ、秀頼(「大坂秀頼様」)へ報告される。梵舜は腫物を患い不参加。
続いて大坂豊国社(「大坂の鎮守豊国社」)のために神宝を新調し、奉納あり。
梵舜、岡本主水佑を使いに出し、片桐且元(「片桐市正殿」)を通じて秀頼に報告する。秀頼、これを大いに喜ぶ。〔舜旧記〕

十四日
梵舜、大坂へ下向する。〔舜旧記〕

十五日(微雨降)
八条宮智仁親王(「八条殿」)、京都豊国社へ参詣する。〔舜旧記〕

十七日(天晴)
寧(「政所様」)、豊国社へ参詣し湯立奉納に立ちあう。
このとき寧は大坂より帰ったばかりであったという。〔舜旧記〕

十八日(天晴)
豊国祭。 この日の早朝、秀頼(「大坂」)の名代として石川康勝(「石川肥後守」)が豊国社へ参詣し、例年の如く金子一枚百貫の奉納を行う。
また例年の如く萩原兼従(「萩原」)・吉田兼治(「左兵衛佐」)・梵舜(「神宮寺」)へ銀五枚を贈る。
続いて勅使として西園寺実益(「西園寺大納言実益」)が参詣奉納する。〔舜旧記〕

九月

[大坂城本丸奥御殿]
この月
徳川家康、第二回禁教令を発す。 〔東福寺誌〕

十五日(天晴)
梵舜、寧(「政所様」)を訪問する。女房衆のムツ(「御ムツ」)、梅久局(「梅久」)へ贈答あり。〔舜旧記〕

十九日(陰)
茶々姫(「御母様」)が拒食の症状を患い、病平癒祈願のために秀頼が吉田社へ七日間祈祷を依頼する。 それを受けて、来る二十一日から二十七日まで宗源行法大護摩三座の執行が決まる。
大蔵卿局(「大蔵卿殿」)が取次として祈祷料金子二枚を届ける。〔舜旧記〕

二十一日(天晴)
吉田社(豊国社?)において茶々姫病気平癒祈祷のための一七日祈祷が執行される。〔舜旧記〕

二十七日(天晴)
茶々姫の病気平癒祈祷が結願する。大坂へ権少を遣わす。〔舜旧記〕

二十九日(天晴)
梵舜、大坂城内豊国社の新調神宝費用として銀子二百目を飾屋与作に渡す。残り費用百三十目は追って渡す旨を伝える。〔舜旧記〕

十一月

[大坂城本丸奥御殿]
二十九日(天晴)
梵舜、瑛侍者とともに秀頼(「秀頼様」)訪問のために大坂へ下向する。 梵舜、片桐且元(「市正殿」)を訪ね間鍋二ツ、片桐貞隆(「主膳殿」)へ釈鉢一ツを贈る。 また且元を通じて秀頼へ蜜柑五百、茶々姫(「御袋様」)・千(「御姫様」)・大蔵卿局(「大蔵卿」)へそれぞれ杉原十帖・水引五把を贈る。 瑛侍者も片桐且元へ白小袖・諸白一荷、片桐貞隆へ杉原十帖・扇五、秀頼へ杉原三束を贈る。〔舜旧記〕

十二月

[大坂城本丸奥御殿]
一日(陰) 梵舜、伊予国豊国社の「将監」より萩原兼従(「豊国萩原卜部朝臣兼従」)が書いた書状(伊予守吉宗を肥後国豊国社の神祇官に任じる旨)を見る。〔舜旧記〕

十八日(天晴) 寧(「政所様」)、秀吉の月忌につき豊国社へ参詣、銀子三枚・散銭二貫文を奉納する。神官衆へは蜜柑、梵舜へは唐豆腐(「唐腐」)を贈る。〔舜旧記〕



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