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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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長浜城歴史講座~長浜城

 

長浜城歴史講座。 大河前回の事件『当代記』のみ登場、太田先生的には本当か嘘かわからないとのこと。 ・「嶋」左近新出書状 ・沼田裁定 裁判の体はなく、秀吉からの北条一方的な通達(秀吉朱印状より)


posted at 14:12:38


・忍城攻め 水攻めが本当に上手くいかなかったかはよくわからない 水攻めは秀吉の指示に従って三成が実行、終盤は浅野長吉主体に ・利休切腹 秀長は利休を守る立場 北条と売買もフィクション 商売はしていたかも?茶人に目利きはつきもの 奉行衆との権力闘争


posted at 14:49:06


・秀吉の鶴松の扱い ていうか、ほぼ秀頼への書状、ぞんざいに扱うようにという当初の指示と実際など ・官途(左衛門佐など)受領(伊豆守など) 真田兄弟は秀吉から朝廷に申請して正式に任官(上杉武田なども) 但し被官や陪臣は私称も多い(浅井長政でも怪しい)ので同じ受領名が全国に複数存在


posted at 14:58:48


伊豆は本来下国、伊豆守は本来従六位下相当だが、時代が下ると受領の地位が上がったため、左衛門佐や治部少輔(従五位下)と同じくらいの地位だったのでは


posted at 15:26:22


・秀次切腹 矢部説の解説 切腹は秀次の抗議、矢部氏の前著に福島正則が誘ったのではとあり 秀次追放は奉行衆と武断派の抗争に関係あり?とする


posted at 15:29:22



多賀大社蔵豊臣秀吉像(兵具は慶長10年秀頼乳母宮内卿の注文、豊臣家制作の画像)「此表具御城宮内…」「慶長拾暦乙巳二月三日」、嶋左近書状(東義久宛、小貫頼久宛)、不動院蔵安国寺恵瓊木像、真田信之宛石田三成書状6点(関ヶ原合戦後も信之が大切に保管していた点に言及されている)


posted at 16:26:07


養源院蔵豊臣秀頼像、同蔵淀殿?像、真田宝物館蔵豊臣秀頼黒印状(十二月廿五日付真田信之宛、歳暮の礼状、取次は片桐且元)、真田宝物館蔵上杉景勝書状(石田三成宛、「秀頼様御馳走之段肝要至極存候事」、「秀頼様へ無二忠節之段」)


posted at 16:37:58


真田宝物館蔵「備口人数」(「伊勢口/一千人 大津宰相」)、毛利博物館蔵蜂須賀家政書状(毛利家堅田元慶宛「被奉對 秀頼公、餘相違之題目」)


posted at 16:49:10

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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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