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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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海津局と三好家 ~消えた一代を追って

 

浅井明政の妻浅井鶴千代と宗正寺に入った海津政元の妻は別人なのか…。そうすると饗庭局との関わりはまた別の話ということ…?


posted at 13:30:37


もしくは、海津局と直政の間に一代抜けているのかもしれない…。


posted at 16:41:17


若く見積もって天文二年に十二歳だったとしても、海津局を生んだのが四十過ぎになってしまう…。鶴千代と海津局の間に、どうしても一代抜けているような気がしてならない…。


posted at 16:34:31


政高と海津局の間にはあと三人娘がいる。これがみんな直政の姉だとして、直政が慶長六年生まれで、海津局三十五歳の子どもだったと仮定すると、海津局は永禄十(1567)年ごろの生まれ。海津局の母鶴千代の生年も不詳だけれど、天文二(1533)年には夫明政と寄進の記事がある…


posted at 16:29:17


その父政高は元和元(1615)年没で没年五十五歳ということは生年は永禄四(1561)年。直政が生まれたときは四十一歳、もしくは四十六歳。


posted at 16:24:17


昨日、海津局一家のことが気になりだして眠れなくなってしまった…。『寛政重修諸家譜』曰く、海津の息子直政は寛永七(1630)年没で没年が三十歳もしくは二十四歳ということは、生まれ年は慶長六(1601)年か慶長十一(1606)年。


posted at 16:22:07


@amnkrm そうなんです、どうしても違和感が…。①鶴千代・明政―海津局(海津尼、政高妻)―海津局(海津、明政養女、田屋式部妻)―直政かなあ…と。もしくは②鶴千代・明政―饗庭局―海津局―直政も考えました。もう少し手がかりがほしいところです…


posted at 23:14:15


海津局と直政の間に海津の息子がいるのでは…説ですが、松平定綱の継室となった女性が浅井忠政の娘さんだとか。浅井家で忠政といえば、「作られた系図」では直政さんの父上が忠政さん。あの直政さんと三好直政の混同で、三好直政の父が浅井忠政だったということはないだろうか…


posted at 03:08:54


もしそうだとすると、三好直政と松平定良母曜安院殿は直政の姉妹ということになりますね。海津局の子で、直政の姉妹とされている人は里見興元妻、紀伊介賢政妻、林外記妻で、曜安院は入っていない…。曜安院が産んだ定良の継室が京極高広の娘だということにも驚いた。


posted at 03:14:59


www.city.takashima.lg.jp/www/contents/1… 宗正寺の記事。しかしながら、お位牌を拝む術なし…(T ^ T)


posted at 19:28:02


@himi_souma タイムリーですが、わかったかも!鶴千代さんが海津尼で、天正5年に亡くなってる(正宗院)、その娘が海津殿で慶長十七年に亡くなってる(栖松院)、饗庭局はその妹。その娘が海津局で、明暦二年に亡くなってる(光源院)だとものすごくしっくり!


posted at 15:15:38


@himi_souma いくら何でも薨じると書いてるのに実は亡くなってなくて…というのは無理があるのではとサイトを見て思いました。海津尼と海津殿が別人だと考えればすごいしっくり。


posted at 15:17:20


@himi_souma まだ整理できてないあれを垂れ流して恐縮です…


posted at 15:30:02



@himi_souma ずっと裏を取ろうとしてるんですが、まだとれなくて、おおっぴらにはいえないただの仮説ですが、少なくとも一代足りないのは確かで…私の計算では海津局が60代くらいで直政を産まないと計算があいませんでした。


posted at 00:31:29


@himi_souma 私の仮説では、いわゆる海津局が鶴千代の娘で直政の母では年代が一代くらいたりないので、系図が一代とんでいるのではないかと考えています。海津局の娘か息子が直政の実親で、その配偶者が三好姓かな、と。


posted at 00:29:19


@himi_souma それ、気になりますよねえ。身内で一体何があったんだろう…


posted at 00:25:16


長浜城。 浅井合戦日記付属の浅井系図に、明政の女として「女子 饗庭妻? 淀殿一所生害」、「女子 沢山城主磯野??守室 子孫有之」…内容全てが正しい系図ではないけれど、海津局の母かな?


posted at 16:38:48


浅井鶴千代と明政の長女が磯野氏=員昌?に嫁いだとすると、磯野員昌女という小堀正次妻は鶴千代の孫娘ということに。正次自身の母も浅井亮親女。そこから田屋政高妻までどう繋がるのか。こんがらかり中。『諸系図』では磯野員秀の妻が久政女になっているらしいけど…大混乱。


posted at 18:28:28


やっぱり普通に考えて長政と同世代なはずの海津局の世代がおかしいよねぇ


posted at 17:40:21


紺地牡丹唐草文様銀襴打敷(こんじぼたんからくさもんようぎんらんうちしき)弘化3年(1846)大坂城落城の際に、千姫に従って海津局(淀の方の侍女)は、浅井家の血を伝える幼い子を連れて脱出した。海津局の子は「浅井」から 「三好」へ名字を変えて後に江戸幕府へ出仕し、孫の三好政盛も幕府で


posted at 17:11:57


三好家の菩提寺ならば、海津局が二代いるのでは?問題が解決するかと思ったけれど、ダメか…がっくり。江戸の中期に火事で古い記録は焼失したらしい…。五年くらいかけたけれどそう簡単にはいかないか…


posted at 01:32:39

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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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