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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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高台寺、知恩院周辺

 

掌美術館なう。


posted at 16:52:17


長門国文司の関にて安徳天皇の御影を御覧して はなちりしあとをあはれとこととへば そでもむかしにかへるなみかな


posted at 16:57:38


よのなかよはかなきことをきこしめして仏のみちにさへうとからぬ御心ありけるに つゆとちりしつくときゆるよのなかに なにとのこれるこころなるら舞


posted at 16:59:18


豊臣秀吉和歌十首、黒田長成筆より


posted at 17:00:42


緋羅紗履 高台院につかえた溝口兵衛門正則の祖母普松院照窓貞壽(箱書より)が「太閤秀吉公所親之赤履」として頂戴したものを正則が高台寺に寄付したもの


posted at 17:06:25


紺地牡丹唐草文様銀襴打敷(こんじぼたんからくさもんようぎんらんうちしき)弘化3年(1846)大坂城落城の際に、千姫に従って海津局(淀の方の侍女)は、浅井家の血を伝える幼い子を連れて脱出した。海津局の子は「浅井」から 「三好」へ名字を変えて後に江戸幕府へ出仕し、孫の三好政盛も幕府で


posted at 17:11:57


重用された。この打敷には、墨書があり、三好政盛(崇徳院)の供養のため奉納されたものであることが記されている。生前の三好政盛が高台寺と関わり、高台寺では政盛が亡くなった後にその供養を行ったことを示す貴重な品物がこの打敷である。三好政盛は、元禄12(1699)に亡くなっており、


posted at 17:15:10


その霊前におよそ150年後に渡部小ぜん(貝偏に蟾のつくり)なる人物が打敷を奉納した。


posted at 17:16:56


やっぱり普通に考えて長政と同世代なはずの海津局の世代がおかしいよねぇ


posted at 17:40:21


あとは廉貞院のお墓参りとか。
DSC_0804.jpg DSC_0805.jpg


posted at 17:57:15


久々に千姫とか。 pic.twitter.com/AUuzQpMemO



posted at 18:00:17

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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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