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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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秀頼子女

 
twitterでのいまごさんに教えていただいたもうひとりの秀頼の娘。

その史料では、一男二女となっており
①国松②女子(天秀尼)③早世した娘の三人が挙げられています。

国松の生母については、「母家女房三間図書孫女渡部五兵衛娘也」とし、長女(天秀尼)の生母については「母家女房江州和田孫太夫女」、次女の生母についてはなんとまあ「母家女房佐治与九郎藤原一成女」と見覚えのある名前が。というか、思ったよりビッグネームすぎて驚いた。

天秀尼の祖父となっている和田孫太夫もどこかで見たことが…
ブランク空きすぎてパっと出てこない…(ーー;)

大阪落城までにうまれた秀頼子女として今のところ上がっているのは五人で、
①国松 …落城時八歳
②天秀尼 …落城時七歳
③求猒 …落城時三歳
④万 (秀頼の妾「愛」と次女「萬」
⑤早世した娘となります。早世した娘の存在が事実だとしても、母である佐治一成の娘は、年的にも扱い的にも千の体面的にも、江の娘ではないことだけは確かなんだろうなあと思いました。


のいまごさんに許可を頂いたのでこっそり更新。
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Comment

1. 和田

確か武家事記にみえる、織田秀信の母だったような。

2014.02.01 | k2[URL] | Edit

2. Re:和田

>k2さん

ありがとうございます^^
また確認します。

2014.05.14 | 紀伊@赤石いとこ[URL] | Edit

    
プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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