Posted at 2013.02.07 Category : ∟史料関係
母は千附き侍女小督局(妙源院、藤本誓宗女)。
千が大坂城を退く際に同行した。
その後、松平忠明が家康に請い、小督局を妻とする。
元和三年十一月十五日大坂で誕生、名は利(「龍造寺並鍋島家譜」)、もしくは牟利(「鍋島家譜 (肥前蓮池)」)
寛永七年、鍋島光茂に嫁ぐ。
寛永九年五月二十三日、江戸にて嫡子翁助(のちの光茂)を出産。
なお、女子も一人いたらしい(「鍋島直重家譜」)
寛永十二年正月、夫忠直死去。忠直の弟直澄に家督をゆずらんとし、牟利は義弟直澄に再嫁する。
しかし家中の反発が強く、結局翁助が家督を継ぐこととなる。
利が輿入れした時から附き従っていた小倉殿(利の母方の伯母。藤本誓宗女)、これに反発し、牟利のもとを離れ、翁助附きとなりその養育にあたったという(『葉隠』)。
寛永十二年十一月、光茂に伴って家光にまみえる。
寛永二十年正月十八日、直澄との間に嫡男千熊丸(のちの直之)を産む。
正保二年一月二十七日、江戸麻布屋敷で没。恵照院殿心月妙泉大姉(「龍造寺並鍋島家譜」)、慧照院心月妙泉(「鍋島家譜 (肥前蓮池)」)。
肥前慶誾寺に葬られ、のちに蓮池宗眼寺に改装される。
千が大坂城を退く際に同行した。
その後、松平忠明が家康に請い、小督局を妻とする。
元和三年十一月十五日大坂で誕生、名は利(「龍造寺並鍋島家譜」)、もしくは牟利(「鍋島家譜 (肥前蓮池)」)
寛永七年、鍋島光茂に嫁ぐ。
寛永九年五月二十三日、江戸にて嫡子翁助(のちの光茂)を出産。
なお、女子も一人いたらしい(「鍋島直重家譜」)
寛永十二年正月、夫忠直死去。忠直の弟直澄に家督をゆずらんとし、牟利は義弟直澄に再嫁する。
しかし家中の反発が強く、結局翁助が家督を継ぐこととなる。
利が輿入れした時から附き従っていた小倉殿(利の母方の伯母。藤本誓宗女)、これに反発し、牟利のもとを離れ、翁助附きとなりその養育にあたったという(『葉隠』)。
寛永十二年十一月、光茂に伴って家光にまみえる。
寛永二十年正月十八日、直澄との間に嫡男千熊丸(のちの直之)を産む。
正保二年一月二十七日、江戸麻布屋敷で没。恵照院殿心月妙泉大姉(「龍造寺並鍋島家譜」)、慧照院心月妙泉(「鍋島家譜 (肥前蓮池)」)。
肥前慶誾寺に葬られ、のちに蓮池宗眼寺に改装される。
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