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2016年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年11月

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大蔵卿局

誰もいなくなったと信繁に語る、大蔵卿局の疲れ切った表情たるや。ともに秀頼の脇を固めていた且元の分の重荷ものしかかってるのだろう。みながそれぞれ秀頼御為だったというのに、ただ足並みが揃わずこの結果というのがなんとも切ないし、当時の豊臣家を仕切るの難しさが痛感される。 #真田丸


posted at 08:49:58


まあ忠義者以外の何物でもない大蔵卿局としては、いつもは茶々姫が割りを食う部分の少しでも肩代わりできるのなら本望かもしれない #真田丸


posted at 00:47:52


大蔵卿局もあんな感じに描かれていますが、だいぶ割を食ったキャラクターだなあと思います。彼女も茶々とともに苦難の人生を歩みそこから茶々を守り抜いた人です。秀頼の豊臣家のために粉骨砕身東奔西走働いていた代表格が、表は且元、裏は大蔵卿局と言ってもいいと思います。 #真田丸


posted at 21:11:51


RT @itoko_akaishi: 片桐且元を駿府に止めおくことが、大蔵卿局たちを使った離間策以上の意味をもっていたとすると驚きだし、最後まで信じていた書状に見える茶々姫の真心とか、待たされることが命取りと悟る秀頼の怒りとか、それでも真摯に勤め上げたのに糾弾される且元の悲哀とか、もう辛すぎる。


posted at 21:04:20


今までの回想が信繁を後押ししていたけど、秀吉の呼び鈴が信繁を読んでたのはすごい鳥肌でした。 片桐さんは、実際は15年以上陰に日向に大蔵卿局と秀頼を守っていたのであんなあからさまな対立ではなかったと思います。でも付き合い長いからこじれると余計大変だったのかも。 #真田丸


posted at 20:50:56


正直片桐さんも大蔵卿も長いこと近くにいたから、こんなはっきりややこしかったことはないだろうとは思うよ


posted at 20:20:31


今回は大蔵卿が割を食ったなあ 正直、片桐さんが表から、大蔵卿が奥から交渉ってのは変な話ではないとおもうけど… まあそれを逆手にとられてたら何も言えんが


posted at 20:16:30


はっきりしたとは書かれているものを見つけたことはないですけど、尼姿ではなかったと明記されているものも見つけたことはありません。 茶々の落飾もですけど、していただろうなあと個人的には思います。 twitter.com/t_souan/status…


posted at 21:02:05


片桐且元を駿府に止めおくことが、大蔵卿局たちを使った離間策以上の意味をもっていたとすると驚きだし、最後まで信じていた書状に見える茶々姫の真心とか、待たされることが命取りと悟る秀頼の怒りとか、それでも真摯に勤め上げたのに糾弾される且元の悲哀とか、もう辛すぎる。


posted at 09:50:14



最近活躍目覚ましい大蔵卿局の初出史料? twitter.com/itoko_akaishi/…


posted at 22:39:41


RT @itoko_akaishi: 北庄落城に関する『当代記』の一節。「乳母才覚故無異議令出城給」…これが大蔵卿局の初出でしょう。茶々姫も『渓心院文』で「御十三にても御知恵よく」と褒められているのですが、大蔵卿局ともどもそんな美点は世の中に知られておらず、二人して世間知らずの女性として描かれているんですよね…


posted at 13:58:36


概ね大蔵卿局が有能派と無能派に評価がわかれているけど、なにより彼女がこれだけ評価の対象されるというのは嬉しいんです。


posted at 21:21:21


@t_souan 大蔵卿局のことですか?天正十七年の北野社家日記に「大蔵卿」とあるのがわたしの把握している最古みたいです。


posted at 20:44:51

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真田丸 第40回「幸村」

寺社修築に関しては通説のまんまかー…(´・ω・`)


posted at 20:08:53


言いがかりじゃなくてそういう解釈かー まあこれがなくても戦になってたと思うけどね


posted at 20:10:55


せやねん、修理! 銘の時点でチェックしてるのになぜその時点で何も言わなかったのか そしてなぜその鐘が今でも残っているのか


posted at 20:14:11


今回は大蔵卿が割を食ったなあ 正直、片桐さんが表から、大蔵卿が奥から交渉ってのは変な話ではないとおもうけど… まあそれを逆手にとられてたら何も言えんが


posted at 20:16:30


あいたー、ややこしくなっていく… 茶々様の表情も大分変わってるなあ


posted at 20:19:15


正直片桐さんも大蔵卿も長いこと近くにいたから、こんなはっきりややこしかったことはないだろうとは思うよ


posted at 20:20:31


茶々さま抉ったなあ… 片桐さんのことを信用してたのは本当です。お手紙を読むと、それだけは痛いほど伝わってきます。 あんな侮辱した感じではもちろんないです


posted at 20:21:56


鐘銘事件が起こる前から大阪攻めのためにばっちり準備を固めていたところを見ると、鐘銘がとばっちりか否かは問題ではないような気がしてきた


posted at 20:23:59


この片桐さんは辛いなあ…せめてこんな情けないキャラにされなければ…


posted at 20:24:33


これはヒロインですわあ…


posted at 20:30:41


おぉ…秀吉が呼んでる…鳥肌たった


posted at 20:36:02


独り言ですよ… 隠し浪人ってのがホンマにあるなら、信繁を監視していたのは浅野家だよね…


posted at 20:38:57


幸村になっちゃうかぁ…


posted at 20:39:52


小県の「小」とかだったら…(´・ω・)


posted at 20:40:44


来週、信繁とあうシーンでら茶々さま元の表情でほっとした


posted at 20:47:44


今までの回想が信繁を後押ししていたけど、秀吉の呼び鈴が信繁を読んでたのはすごい鳥肌でした。 片桐さんは、実際は15年以上陰に日向に大蔵卿局と秀頼を守っていたのであんなあからさまな対立ではなかったと思います。でも付き合い長いからこじれると余計大変だったのかも。 #真田丸


posted at 20:50:56


茶々は最後まで片桐さんを信頼していました。且元の父は茶々の父浅井長政に落城寸前後まで仕えた末、その忠義に感状を貰った忠臣。出自だけでなく名代や取次として秀頼に仕えた実績も数え切れません。ドラマでは双方キャラ設定的にあんな感じでしたが、本当は人柄も手腕も信頼していました。 #真田丸


posted at 20:55:07


且元が大坂城を出たあと茶々は何度か書状で秀頼とともに且元を頼みにしていること、これまでの働きを評価していることを認め、本名の署名をして送りました。 #真田丸


posted at 20:59:40


RT @itoko_akaishi: 義弟京極高次には「よ(ど)」名義なのに、且元には「ちゃ(ちゃ)」名義で書状を出したところに、且元との距離感と茶々姫の真心を感じるわけで。 でも、いくら茶々姫が信じてくれと訴えても、大坂城内に秀頼を思い且元を殺そうととする一派がいる限り、且元も大坂には帰れないよなぁ…


posted at 21:04:14


RT @itoko_akaishi: 片桐且元を駿府に止めおくことが、大蔵卿局たちを使った離間策以上の意味をもっていたとすると驚きだし、最後まで信じていた書状に見える茶々姫の真心とか、待たされることが命取りと悟る秀頼の怒りとか、それでも真摯に勤め上げたのに糾弾される且元の悲哀とか、もう辛すぎる。


posted at 21:04:20


大坂城にはすでに且元を狙う勢力があったため、且元は大坂に帰れなかったし返信できませんでしたが、今日まで書状(写しですが)が伝わっていることが彼がそれをそのとき破り捨てなかった証でしょう。 #真田丸


posted at 21:08:21


大蔵卿局もあんな感じに描かれていますが、だいぶ割を食ったキャラクターだなあと思います。彼女も茶々とともに苦難の人生を歩みそこから茶々を守り抜いた人です。秀頼の豊臣家のために粉骨砕身東奔西走働いていた代表格が、表は且元、裏は大蔵卿局と言ってもいいと思います。 #真田丸


posted at 21:11:51



二度目丸。 よくよく考えたら最後まで役名が茶々なのはすごく珍しい! 嬉しいことです(*・∀・)


posted at 19:54:14



且元は治長を自分の後を任せるつもりだったらしいから、もともと師弟関係のようなものだっただろうなあ


posted at 20:05:38



この片桐さんなら大坂落城のあと衰弱なり自死なり命を落とすのに納得しちゃう


posted at 20:18:06



やっぱりこの鈴の演出ええわぁ…


posted at 20:29:02



まあ忠義者以外の何物でもない大蔵卿局としては、いつもは茶々姫が割りを食う部分の少しでも肩代わりできるのなら本望かもしれない #真田丸


posted at 00:47:52


| ∟真田丸 | 20:40 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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片桐且元と茶々

片桐且元を駿府に止めおくことが、大蔵卿局たちを使った離間策以上の意味をもっていたとすると驚きだし、最後まで信じていた書状に見える茶々姫の真心とか、待たされることが命取りと悟る秀頼の怒りとか、それでも真摯に勤め上げたのに糾弾される且元の悲哀とか、もう辛すぎる。


posted at 09:50:14


義弟京極高次には「よ(ど)」名義なのに、且元には「ちゃ(ちゃ)」名義で書状を出したところに、且元との距離感と茶々姫の真心を感じるわけで。 でも、いくら茶々姫が信じてくれと訴えても、大坂城内に秀頼を思い且元を殺そうととする一派がいる限り、且元も大坂には帰れないよなぁ…


posted at 09:53:06


…まあ、高次の場合は距離感が遠かったというか、内容が礼状で幾分公的な性格もあった点も加味しなきゃね。時期も違うし。


posted at 09:57:18


RT @kyoto_np: [京都新聞]大坂冬の陣、和睦交渉内情伝える 武将・片桐且元の書状発見 ift.tt/2dwIKCX


posted at 04:33:04


RT @JPNatArchives: 画像は、秀頼重臣の片桐且元の弟の子が記した「片桐家秘記」です。真田丸では、且元役は小林隆さんが演じていますね。#真田丸 pic.twitter.com/hdCb4t2xOU


posted at 02:12:27


且元は治長を自分の後を任せるつもりだったらしいから、もともと師弟関係のようなものだっただろうなあ


posted at 20:05:38


茶々は最後まで片桐さんを信頼していました。且元の父は茶々の父浅井長政に落城寸前後まで仕えた末、その忠義に感状を貰った忠臣。出自だけでなく名代や取次として秀頼に仕えた実績も数え切れません。ドラマでは双方キャラ設定的にあんな感じでしたが、本当は人柄も手腕も信頼していました。 #真田丸


posted at 20:55:07


且元が大坂城を出たあと茶々は何度か書状で秀頼とともに且元を頼みにしていること、これまでの働きを評価していることを認め、本名の署名をして送りました。 #真田丸


posted at 20:59:40


大坂城にはすでに且元を狙う勢力があったため、且元は大坂に帰れなかったし返信できませんでしたが、今日まで書状(写しですが)が伝わっていることが彼がそれをそのとき破り捨てなかった証でしょう。 #真田丸


posted at 21:08:21

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松代藩真田十万石まつり

RT @rekinavi: 【イベント】10月9日、長野市の松代町で、「松代藩真田十万石まつり」のメインイベント武者行列が行われ、約3百人が真田一族や戦国武将等に扮して街中を練り歩いた。リオ五輪シンクロチームの銅メダリスト・箱山愛香選手も茶々に扮して参加した www.sankei.com/entertainments…


posted at 20:36:33


おお、寧さんと茶々さんが一緒にのっとる twitter.com/rekinavi/statu…


posted at 09:03:29



| ∟つぶやきまとめ | 20:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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秀頼と常高院 ~平戸オランダ商館文書

わたしの秀頼のイメージでは特に違和感を覚えてない件…w twitter.com/nonomaru116/st…


posted at 20:39:58


先日の、裏切った武将を突き落とそうとした秀頼のくだり。交渉がうまくいかず叔母の常高院に「城から出て行け!」と怒る程度に激情型なエピも残っているので、そんなに驚かなかったのです。あくまで講話路線な茶々と武断派な秀頼は一枚岩ではなかったイメージ。


posted at 21:13:09


外堀も無くなったし、対策はするよね twitter.com/1059kanri/stat…


posted at 00:26:09


「大坂城の落城直後、大坂などで大名の家臣や商人などから聞き取った情報を基にまとめたとみられる。」か… twitter.com/mainichijpnews…


posted at 00:31:34


史料通りのことがあったとしても、離反しようとした者を処罰するのは普通のことだろう?しかも戦の最中という非常時に。 前の戦で大砲使われたらそれに対処するのも普通のことやと思うんやけど、なんとなくTLに流れてくる空気が良くない方向の評価を感じる…なぜ? pic.twitter.com/AaZhAMZt9Y



posted at 13:58:52


@hervorruf ですよね?むしろ士気上がりますよね?なんなんでしょう、この空気。


posted at 14:14:34


RT @rekinavi: 【史料】「大坂の陣」で新しい記述などが見つかっている、オランダ・ハーグ国立文書館での調査に関しての概要が、国際日本文化研究センターのサイトにpdfで掲載されてます >ハーグ国立文書館所蔵平戸オランダ商館文書の調査に関する説明 topics.nichibun.ac.jp/ja/sheet/2016/…


posted at 19:50:12


「この情報はワウテルセンが京都にいた時に、恐らく取引先の商人から得たも のであるので、あくまで当時の噂として書き留められたものであり、歴史研究上にお いては、厳格な史料批判を行い、その信憑性について疑うべき余地がある」 ちゃんと書いてあるぜ twitter.com/rekinavi/statu…


posted at 19:49:03


「大坂 の陣関連記述を含む和訳の出版は、2018 年度内を目指す。」 楽しみ! twitter.com/rekinavi/statu…


posted at 19:50:06


お、初は出るのかなあと思っていたら!今回は茶々に寄り添ってくれそうな可愛い常高院だ。やっぱり秀頼に叱りとばされるのかな。。 www.nhk.or.jp/sanadamaru/inf…


posted at 19:02:46

| ∟史料関係 | 20:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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桃山時代の明暗@大阪城天守閣

RT @rekinavi: 【展覧】10月5日まで、大阪城天守閣で開催中の「桃山の明暗」展の紹介記事です >大阪城天守閣「桃山の明暗」展 秀吉が着た?金色陣羽織も ow.ly/tKLz303XvjV


posted at 15:14:44


大阪城天守閣蔵豊臣秀頼黒印状 為歳暮之祝 儀呉服壱重、 遠路到来祝着候。 猶片桐市正可申候。 謹言 極月十六日(黒印) 直江山城守殿


posted at 16:18:58


大阪城天守閣蔵蜻蛉燕文様陣羽織(伝 豊臣秀吉所用) ドラマの例の陣羽織。 「豊臣秀吉の着料として京都の妙法院門跡に所蔵されるよろいに付属していた陣羽織と伝える。」


posted at 16:25:30


大阪城の展示が思いのほかおもしろかった。西軍の関ヶ原合戦と、秀吉についての企画展。さすが大阪城天守閣、秀吉に関する所蔵品だけでも大充実である。


posted at 16:52:16

| ∟講演会/展覧会 | 21:05 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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彦根城

彦根城で10/1から12/22まで大坂の陣関連資料が展示されるみたいです。また秀頼の娘万姫の記述がある絵図もでるんじゃないかな。見に行きたいな。


posted at 14:02:11

| ∟つぶやきまとめ | 21:09 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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水戸徳川家墓所

RT @rekinavi: 【イベント】11月20日、茨城県常陸太田市で、歴史の道ウォーキング「義公コースⅠ・Ⅱ」開催。水戸德川家墓所から棚倉道を巡り西山御殿跡へ。水戸出発(Ⅰ)と常陸太田市(Ⅱ)出発。往復葉書で事前申込。定員各50名。参加費無料 www.edu.pref.ibaraki.jp/board/topics/i…


posted at 21:12:25


行けないけど水戸徳川家墓所いいなあ(*・∀・)完子の子松殿道昭の妻のお墓にいってみたい。 twitter.com/rekinavi/statu…


posted at 11:57:44

| ∟つぶやきまとめ | 21:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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