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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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誉田八幡宮

 

2度目の誉田八幡宮。秀頼が拝殿を再建したものの完成せず、その後徳川家が完成させたものとのこと。内部の天井は秀頼が作りかけのまま残っています。個人的に神社としてもらいちばん好きなお宮さんです。 pic.twitter.com/Zo7zv7uexU



posted at 13:06:57


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「淀殿と秀頼」@大阪城天守閣

 

大阪城天守閣蔵帥法印歓仲書状(文禄二年七月八日付、茶々姫「大坂二の丸様」の安産祈願を書写山円教寺に依頼したもの)、大阪城天守閣蔵豊臣秀吉自筆書状(秀頼宛。口吸い云々の、きつ・かめ・やす・つし処罰云々の)、大阪城天守閣蔵前田利家血判起請文、大阪豊国神社蔵豊臣秀吉画像(片桐家伝来)


posted at 15:49:19


大阪城天守閣蔵増田長盛等五名連署状(鶴松死去二日前、病気回復の祈祷に一層励むよう北野天満宮に申し伝える書状。鶴松が本復した暁には未払となっている「最前の立願米」七百石、「大政所様の立願米」六千石に加えて、あらたに千石の奉加米を寄進する、との内容)


posted at 15:41:14


大阪城天守閣蔵千姫姿絵(弘教寺本複製)、柴原家蔵慶光院周清上人自筆願文(千姫観音胎内物)、同豊臣秀頼自筆六字名号、同聖観音座像(慶光院でまつられたもの)、元慶光院客殿は現神宮祭主職舎


posted at 15:36:50


大阪城天守閣蔵伝秀頼所用陣中床几「慶長十六年辛亥霜月吉日」、大阪城天守閣蔵大坂冬の陣図屏風(東京国立博物館本の模写)、伝淀殿所用鍍金燭台、大阪城天守閣蔵歌書散屏風(茶々姫の手といわれる)、大阪城天守閣蔵天秀尼画像(東慶寺本複製)、


posted at 15:30:51


大坂城なう pic.twitter.com/53SptyjyQR



posted at 14:45:17


豊臣秀頼自筆神号「豊国大明神」大阪城天守閣蔵「秀頼八才」、「秀頼十一歳」、大阪城天守閣蔵豊臣秀頼自筆和歌色紙貼交屏風(記された和歌は全て『古今和歌集』・『後撰和歌集』・『金葉和歌集』・『詞花和歌集』・『新古今和歌集』・『新勅選和歌集』などに収録された古歌)


posted at 15:56:54


大阪城天守閣蔵豊臣秀頼自筆和歌色紙①(「仙人の おる袖にほふ 菊の露 うちはらふに千代ハへぬへし 秀頼」藤原俊成の和歌)、②(「ふなはより たのもしきかな 春日山 こたかき松の 種かと思へは 秀頼十一才」大中臣能宣の和歌。蜂須賀家に伝来、鳳凰と龍に唐草文をあしらった料紙…


posted at 16:01:59


…同じ料紙が木下家伝来の木下長嘯子自筆巻物にも使用されているらしい)


posted at 16:08:15


大阪城天守閣蔵伊達政宗自筆書状(慶長七年頃のものと推定。八月十八日付、宛名欠損ながら内容から秀頼側近宛。秀頼への進物として初鮭を贈る)、大阪城天守閣蔵豊臣秀頼黒印状(直江兼続宛、極月十六日付。折々の進物と大坂下向に対するねぎらい)、大阪城天守閣蔵秋草文彩画団扇(伝淀殿所用)


posted at 16:09:21


大阪城天守閣蔵杉目檜扇(伝秀頼所用、藤原清子氏寄贈)、大阪城天守閣蔵豊臣秀頼衣服見積書(しやうしや喜兵衛書宗対馬守義智宛、慶長二年九月十一日付、慶長二年九月二十八日の秀頼従四位下近衛少将昇任に際しての衣服の新調・贈呈に関するもの「秀頼さま御装束分」)


posted at 16:15:50


大阪城天守閣蔵金小札緋威喉輪(伝秀頼所用、藤原宗十郎氏寄贈)→最初のツイートへ、、見る順番が違いました(´・ω・)


posted at 16:17:21


さすがの大阪城天守閣。その所蔵品だけでこのボリューム!この後に及んでまだまだ初見のものだらけで、おもしろいなあ(*・∀・)訳知り顔の大声で秀頼の生まれや能力について語る方には憮然としましたが、、_φ( ̄ー ̄ )


posted at 16:21:00


いつ来ても広いわぁ pic.twitter.com/fxoVxLjjIf



posted at 16:41:28


千姫観音の秀頼自筆神号。土壇場か別れ際か、慌てて書いたように見える「南無阿弥陀」。秀頼の「南無阿弥陀」はこれと津島市にある一幅の二つだけ。これは確かに、浄土宗に信仰暑い徳川家の娘である千のために書かれたものなのだなあと、改めて迫るものがありました。


posted at 12:37:40


@itoko_akaishi 「仏」が抜けとりますのぅ、、、もちろん「南無阿弥陀仏」ですヽ(´o`;


posted at 20:40:51

 

畑裕子先生

 

お年賀のお返事で畑裕子先生が一昨年ご逝去されていたことを知ってショック、、


posted at 16:58:14

 

隔冥記

 

『隔冥記』正保四年(一六四五)五月八日 「嵩陽寺殿秀山大居士例年経詠。今年至大坂陣、三十三年也。内大臣秀頼公三十三遠忌也。 今年牌前盛物十六ケ也。(大坂陣から33年。秀頼の33回忌供養を行っている。公家多数と狩野探幽も列席している)nobunagakashin.web.fc2.com/Kakumeiki-saku…


posted at 02:30:46


 

京の冬の旅@相国寺・大徳寺・妙心寺

 

相国寺なう。二條康道女華山仙尼のお墓はお参りできず、、無念。 ryobo.fromnara.com/kyoto/130.html 8918.teacup.com/ryobo/bbs/813 pic.twitter.com/jTQ4YWG2FD



posted at 13:01:08


相国寺法堂、足利義満位牌「当寺大檀那鹿苑院殿台霊」「鹿苑院太上天皇尊儀」、家康位牌「正一位東照宮」がふたつ。他の位牌は近くで拝めず。ただ、秀頼の「嵩陽寺殿秀山大居士」は見えました。真新しいお位牌でした。


posted at 14:01:08


大徳寺本坊。庭園から普段見えない唐門が見えている、、聚楽第の遺構というけど、残念ながら庭園も撮影不可、、


posted at 14:16:29


せめてパンフレットの写真。 pic.twitter.com/2LLKUcByQU



posted at 14:20:00


@tikugokanri ありがとうございます(´・∀・`)写真は苦手なので筑後川さんにそう仰っていただけると嬉しいです


posted at 14:21:23


大徳寺芳春院。芳春院木像(最近では寄進されたものらしい)、芳春院画像、前田利家画像。呑湖閣には菅原道真と近衛家のお位牌がまつられているらしい。 pic.twitter.com/Kjok0z1IFw



posted at 15:19:23


位牌/圓光院殿秋月妙菊大禪定尼、慈光院殿普照圓明大禪定尼淑霊、剣光院殿慈法堂宗徳大居士台霊、芳春院殿花巌宗富大姉、瑞龍院殿前贈権大納言聖山英賢大居士、高徳院殿贈従一位前亜相桃雲見公大居士。芳春院の後ろがわからない、、利政?利政なら戒名は福昌院怡伯宗悦居士らしいけど、磨耗しすぎて


posted at 15:20:26


やはりお墓は拝めず。芳春院墓、利長墓 瑞龍院、利政墓 福昌院怡伯宗悦居士、利常墓、近衛家墓があるらしいが、、


posted at 15:21:24


妙心寺玉鳳院。本堂の向かって左手に織田豊臣、右手に徳川のお位牌があるらしい。左手の一番背の高いお位牌が鶴松のお位牌らしい。織田信長、信忠、武田信勝、噂の勝頼、信玄、信豊らの供養塔。右が滝川一益と、、だれだっけ?後で確認しなければ。


posted at 16:06:59


「東側には、徳川家康、徳川家の位牌、西側に豊臣秀吉、織田信長、織田信忠、武田信玄などの位牌が安置されている。」だそうです。秀頼もあるのかな、、/京都寺社案内*玉鳳院〔妙心寺〕,Gyokuho-in Temple,Kyotofukoh www.kyotofukoh.jp/report1080.html


posted at 16:40:30

プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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