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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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秀頼子女

 
twitterでのいまごさんに教えていただいたもうひとりの秀頼の娘。

その史料では、一男二女となっており
①国松②女子(天秀尼)③早世した娘の三人が挙げられています。

国松の生母については、「母家女房三間図書孫女渡部五兵衛娘也」とし、長女(天秀尼)の生母については「母家女房江州和田孫太夫女」、次女の生母についてはなんとまあ「母家女房佐治与九郎藤原一成女」と見覚えのある名前が。というか、思ったよりビッグネームすぎて驚いた。

天秀尼の祖父となっている和田孫太夫もどこかで見たことが…
ブランク空きすぎてパっと出てこない…(ーー;)

大阪落城までにうまれた秀頼子女として今のところ上がっているのは五人で、
①国松 …落城時八歳
②天秀尼 …落城時七歳
③求猒 …落城時三歳
④万 (秀頼の妾「愛」と次女「萬」
⑤早世した娘となります。早世した娘の存在が事実だとしても、母である佐治一成の娘は、年的にも扱い的にも千の体面的にも、江の娘ではないことだけは確かなんだろうなあと思いました。


のいまごさんに許可を頂いたのでこっそり更新。
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書写山圓教寺

 
姫路書写山参り。地元近くですが、初参りでした。

○本多家廟所



中には入れますが、近くまでは寄れないように紐がはってありました。





お墓の詳細はこんな感じです。


○松平家廟所

結城秀康の五男松平直基の墓所があったので。
姫路城主となるはずだったようですが、実際にこの地を踏むことはなかったようです。



「佛性院殿前相州太守拾遺鉄関了無大居士神儀
于侍慶安戌子歳八月十五日」




○茶々との縁 ~帥法印歓仲書状 書写山行事宛(大阪城天守閣蔵)

「江の娘 千姫」展(2011/10/30)より

七月八日付で、茶々(「大坂二之丸様」)の安産祈祷を書写山円教寺に依頼した文書です。七月八日というタイミングを見るに、解説の通り秀頼誕生時のものと考えて間違いないと思われます(鶴松の誕生日は五月二十七日、秀頼の誕生日は八月三日)。

この祈祷が行われたところでもあります。
 

[Twitter]高台寺木像修復

 

RT @Rekigun: 豊臣秀吉の妻ねねゆかりの高台寺(京都市東山区)で、安置している秀吉とねねの木像が造立後400年を経て初の本格的な修復を受け、往時の彩色がよみがえった。 www.yomiuri.co.jp/national/cultu…


posted at 21:31:43


RT @sengoku_walker: 【ニュース】秀吉とねね、木像修復…よみがえる往時の彩色 www.yomiuri.co.jp/national/cultu…


posted at 12:17:14


もし何らかの意図が介入して、作られたときから雰囲気が変わっていたらそれはあかんなあと思いますが。あれだけ貴重な史料なら、きっと慎重な修復作業が行われているはずなのでそれはないだろうけど。生で見たら雰囲気違うかな。


posted at 12:16:39


高台寺の秀吉とお寧さんの木像が修復されてたらしい。写真見たけど、やっぱ雰囲気変わるなあ。修復に反対するひとがいるのもわかる気がする。でも、仏像とかを修復する方のお話を聞いたことがあるのですが、修復後の姿が作られたときの姿なんですよね、たぶん。


posted at 12:15:09



 

[Twitter]伏見稲荷大社

 

遅ればせながらあけましておめでとうございます。伏見稲荷大社に初詣に行ってきました。秀吉が天正十七年に大政所の病気平癒を願って建立した楼門や秀吉が天正年間に建立した権殿を見てきました。 ow.ly/i/4bTuu ow.ly/i/4bTvm



posted at 00:20:50



 

謹賀新年でした@伏見稲荷大社

 
ご挨拶が遅れまして…
プライベートでばたばたしておりますが、元気です。

なんやかんやと史跡には行っているので、ネタばかり募る日々。

今年は地元の八幡さんと毎年行っている出身校近くの天神様、そして念願の伏見稲荷大社さんにお参りしてきました。


○楼門



この建物は天正17年(1589年)豊臣秀吉の造営とされてきました。

 

秀吉の母大政所殿の病悩平癒祈願が成就すれば一万石奉加する、と記したいわゆる“命乞いの願文”が伝来しています。

 

しかし造営伝承と伝来文書との整合性については多少の疑問がありました。ところが昭和48年に楼門の解体修理が行われたところ、願文の年次と同じ「天正17年」の墨書が発見され、伝承の正しかったことが確認されました。神社の楼門の規模としては最も大きいものに属します。

 
伏見稲荷大社HPより)

正月三が日だったので噂通りすごい人でした…(=_=;)


○権殿





千本鳥居もおもかる石も行きましたが、なんせ人がすごくて;
人が少ない時に行くと全く雰囲気が違うのだろうなあと思いました。





プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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