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阿閉甲斐守宛浅井長政書状

長浜城歴史博物館博物館だより 平成24年度新収館蔵資料紹介より

元亀二年五月五日付の書状について。
「浅井長政が家臣の阿閉甲斐守に対して、子息五郎右衛門尉を始め一族が討死にしたことについて慰め、今後、織田信長との戦いが終息したあかつきには、恩賞等を与える旨を述べた感状(感謝状)です。さらに、長政は甲斐守の子息討死につき、阿閉家の跡目を取り立てるべきことを助言しています。」

○阿閉貞征(淡路守)
妻:長政の生母阿古の三妹
子:嫡子(「人質男小谷ニ於テ生害、年十歳、阿閉カ実子也」)、貞大
養子:虎千代(井口経親子息)

○阿閉貞大(万五郎、淡路守)
妻:阿古の兄井口経親の娘

阿閉氏についてちょこっと調べた中で何かヒントがあるかと思いましたが、わかりませんでした…
「甲斐守」、「五郎右衛門尉」という呼称は出てきませんでしたが、長政が直々に感状を出しているということは本流に近い人なのだろうなあとしか…
どちらにしろ、阿閉氏は後に秀吉に一族根絶やしにされてしまっているのですが…

追記:
史料編纂所のサイトによると、菅浦文書に阿閉吉長という人が見えるらしい…
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| ∟史料関係 | 23:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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