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茶々姫をたどる汐路にて

茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)

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大坂冬の陣前年

 
久しぶりにサイト更新しました。

ここのところサボり気味だったのですが、コメント等をいただきましてエンジン掛かりました。
ありがとうございます。

今回は、『舜旧記』慶長十八年。
翌年に迫る破綻、茶々姫がこれをどれほど感じ取っていたのかわかりませんが、この年茶々姫が拒食に陥っていた記事があります。

現状に甘んじて、自分の立場が見えなかったようにはとても思えませんよね。



ところで、今更ですが。

先日ご紹介した『めのと』という小説を書かれた植松先生のブログに久々に遊びに行ったら、私のことを書いてくださっていてびっくりしました。

「浅井長政の激母」(http://30miles.jugem.jp/?eid=183)

ほんと、『めのと』の阿古さんはいいですよ。すんごいかっこいい。

あの激しい最期を知ったとき、私は阿古さんという人は信長にそれだけのことをさせる何かを持っていたんだ、と非常に衝撃を受けたものです。そして得体の知れぬ何かを秘めたこの女性に惚れました。

植松先生も同じように感じられたそうで、なんだか嬉しいです。

めのとめのと
(2009/10/08)
植松 三十里

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秀吉の死因

 
こんな記事を発見したので転載。


豊臣秀吉:死因はかっけ?医師の作家が学会で発表へ
(2009年6月8日 20時48分 更新:6月8日 22時2分)

豊臣秀吉の死因はかっけだとの新説をまとめた若林利光さん=大久保昂撮影 肺炎や梅毒など諸説入り乱れる豊臣秀吉(1598年没)の死因について、脳神経外科医で作家の若林利光さん(56)=兵庫県姫路市御立東1=が、当時の症状などを基に「かっけだった」とする新説をまとめた。13日に名古屋市で開かれる日本病跡学会で発表する。

 かっけはビタミンB1不足で起きる。足のしびれ・むくみが典型的な症状だが、下痢や失禁、精神錯乱、心不全なども引き起こす。食事が白米中心だとかかりやすく、かつては富裕層に多かった。

 若林さんによると、当時の宣教師がイエズス会に送った報告書に、秀吉が死の直前の約2カ月間、下痢を患って狂乱状態に陥ったとある。別に失禁の記録もあり、いずれもかっけの症状と合うという。若林さんは「かっけで死亡したとされる徳川十四代将軍・家茂(いえもち)と症状が同じ。なぜ今まで『秀吉かっけ説』が提唱されなかったのか不思議なくらいだ」と新説に自信を見せている。【大久保昂】

ソース:毎日.jp http://mainichi.jp/select/today/news/20090609k0000m040102000c.html


どうなんでしょうね。
私はあまり死因に注目したことが無かったのですが、胃がんというのは聞いたことがありました。極めつけは毒殺(?!)というものも。

大坂の陣で、大坂城本丸には砲弾が届かなかったはず、という軍事に詳しい方の評論といい、
こういう専門分野からの考察はとても勉強になりますね。

 

伯母 泉源寺殿について

 
「京都教区時報」(1998/9 No.250より)


 京極マリア380年忌追悼式

 (ウェブサイトより)

 戦国の武将、浅井長政の姉で、キリシタンとして生きた京極マリアの没後380年忌追悼祭が去る6月28日(日)舞鶴市泉源寺の真言宗古寺笠松山「智性院」(増円憲空住職)において、カトリック関係者120名、仏教関係者150名の参列者を得て合同で営まれた。

 中央祭壇には「養福院殿法山寿慶大禅尼」(佐々木京極若狭守同丹後守御母 元和四年戌午年七月朔日)と銘記された位牌が祭られ、仏教者を代表して増田住職の読経から法要か始まり、続いてカトリック形式による聖歌、大松正弘神父による聖書の朗読、ルメー神父のお話、さらに京都北部三教会代表による共同祈願、最後に終わりの聖歌が境内に流れ、宗旨を越えて参加者一同深い感動に打たれた。

 又、追悼式に続いて「京極マリア」の著者で豊岡市在住の渋谷美枝子先生による「マリア追憶の歴史について」の講話が行われた。

 さて、京極マリアが世に出たのは昭和16年(1941年)智性院の末坊「此御堂(こみどう)」において一つの古びた位牌が発見された事から始まる。マリアは1581年、夫の京極高吉とともに安土で洗礼を受け、京都、大阪で布教活動をし、その後長男若狭守小浜の城主高次、次男丹後守田辺城主高知のいる舞鶴の泉源寺に移り住んで戦乱の世を逃れ、1618年75歳で没するまでの8年間を「此御堂」を布教所として、祈りの中で生涯を閉じたと言い伝えられている。

 この度、ルメー神父と永年ご公諠のあった増田住職との念願か叶えられて、実に380年振りに仏式、カトリック形式合同による追悼祭が実現した。

 「京極マリア」、戦国キリシタン暦史の中のこの偉大な女性の存在はこの追悼祭を出発点として、丹後のキリシタン暦史の中で「細川ガラシア」とともに、私たちはもっと世に光をあてなければと思う。マリアの位牌がある智性院、隣接した「此御堂」跡は京都府北部と福井県との県境に近い緑の山々に囲まれたところで、静かに訪れる人を待っている。


記事URL: http://www.kyoto.catholic.jp/hp/y94-00/cn9.html
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プロフィール

紀伊

Author:紀伊
茶々姫(浅井長政の娘、豊臣秀頼の母)を中心に、侍女、ご先祖の浅井家女性(祖母井口阿古など)、茶々の侍女やその子孫、養女羽柴完子とその子孫を追いかけています。
ちょこっとものを書かせていただいたり、お話しさせていただくことも。





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メモ「赤石いとこ」名義で記事を書かせていただきました。

悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ) 悲劇の智将 石田三成 (別冊宝島1632 カルチャー&スポーツ)(2009/06/06)
…改めて石田三成と茶々姫の“不義”を否定する記事を書かせていただきました。


メモ 参考資料としてご紹介いただきました。

めのとめのと
…茶々の乳母大蔵卿局を主人公描く歴史小説。茶々の祖母阿古の活躍も見どころ。
千姫 おんなの城 (PHP文芸文庫)千姫 おんなの城
…千の生涯を描いた作品。千が見た茶々をはじめとする人々の生き様、敗者が着せられた悪名が描かれる。


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