
幼少時茶々姫に心酔して以来、茶々姫一途な×十年を送っている紀伊(HN)と申します

茶々について細々と我流に調査&研究しており、情報整理&報告のために永遠に工事中なサイトを運営しています。その他、執筆や講演の機会を頂き、細々と活動させていただいております。
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茶々姫をたどる汐路にて茶々姫研究日記(こちらが現行版になります)
Posted at 2037.05.08 Category : ブログ
![]() 幼少時茶々姫に心酔して以来、茶々姫一途な×十年を送っている紀伊(HN)と申します ![]() 茶々について細々と我流に調査&研究しており、情報整理&報告のために永遠に工事中なサイトを運営しています。その他、執筆や講演の機会を頂き、細々と活動させていただいております。 ≪コメントについて≫ 個別の質問コメントについては、調査・確認する時間や手間などの関係上、基本的にお答えできないことをご了承ください。 お気に召されましたら、クリックお願いします ![]() ![]() ![]() スポンサーサイト
Posted at 2023.08.07 Category : ∟つぶやきまとめ
【曳山博物館】特別展「秀吉と三人の秀勝たち」 posted at 13:21:52 として井口郡に30石を寄進。 posted at 13:21:53 紀)…昭和27年に焼失。 posted at 13:21:53 とも(日秀)もこの時帰依したとされる posted at 13:21:54 ◯羽柴於次秀勝像(瑞林院蔵)瑞林院は蒲生氏郷室の創建、開基岌方行西は秀勝に仕えた藤掛氏の出身 posted at 13:21:54 お江が来てたとは驚き。それだけ小吉の史料が少ないってことなのかな。お江合わせて3点くらい。
Posted at 2023.08.06 Category : ∟つぶやきまとめ
【高月観音の里歴史資料館】 (常設) posted at 11:22:07 僧籍にありながら、求めに応じて『浅井三代記』や本文を記したという」 posted at 11:22:08 ◯同蔵「稿本浅井武鑑 二編 全」 明治後期、南部晋編。 (企画展「井口の歴史と文化財」) posted at 11:22:08 の深い、当地の土豪井口氏の菩提寺(廟所)。寺宝として、井口弾正経元の肖像の伝える威風堂々とした画幅が残され、また天正13年の銘が刻まれた供養塔が建っている。」 「井口氏は崇峻天皇皇子定世親王の後裔近江中原氏を出自と伝え、また一説には近江源氏佐々木氏の一族で東条氏と称したともいう。」 posted at 11:22:08 「一説に、戦国期の当主井口弾正経元は祖母が浅井家から嫁しており、その容貌は浅井初代の亮政と極めて似ていたという。亮はのちに、弾正経元の嫡男経親を重用し、経元の娘阿古(阿古御料・小野殿、1527?-73)を嫡男久政の室に迎えたという。そして久政と阿古の間に生まれたのが長政である。 posted at 11:22:09 「なお、渡岸寺観音堂(向源寺)に安置される国宝十一面観音像は、元亀元年の戦に際して土中に埋伏されて兵難を逃れ、その後これを掘り起こして一宇の坊舎を建てて奉安したのが井口弾正(経元の子?)とも伝えられている。」
Posted at 2023.07.21 Category : ∟つぶやきまとめ
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